1 銅板を用意します。銅板のエッジはやすりで削ります。これを「プレートマーク」といい、刷った後の凹みがきれいになります。木版やリトグラフ、シルクスクリーン版画にはない、銅版画の特徴です。角を削るだけの大した作業でもないですが、丁寧に削れば見栄えが格段に良くなります。
2 彫刻 彫っていきます。銅版画の技法の種類(エッチング・メゾチント・ドライポイント・アクアチントなど)によって制作の手順や方法は異なります。私はエングレーヴィング技法一筋なので、エングレーヴィングの私なりの手順で紹介します。エングレーヴィングの進め方は大きく分けて二通りですが、基本的に職人的なやり方で進めます。
3 アウトラインを彫り進め、ある程度全体の形がでてきたら内部の彫りに移ります。アウトラインはある程度決まった線を彫っていくので、作業的な部分です。
4 内部の彫りをさらに進めます。アウトラインの彫りと違い、内部はある程度どんな風になるか想像をして彫りこみます。一番いいのはある程度彫った後、試刷りをすることなんですが、大変なので現状できません。試刷りを刷れば、現状がどんな雰囲気なのかわかります。
5 エングレーヴィング技法は線と点で表現します。というより線と点でしか表現できません。銅版画はメゾチントやアクアチント以外は基本的に線で表現します。銅版画では線がとても重要です。木版画やリトグラフと違って色も使うことができません。表現は白黒のみです。極端に限定的な表現でなければなりません。
6 この段階で3日~4日程度くらいです。120×90(mm)のサイズでもこのくらいかかります。エッチングと比べて時間はかかります。エングレーヴィングは一本の線をかなりゆっくりな速度で彫ります。彫るスピードに緩急はあってはいけません。
7 人物の内部の線の彫刻はほとんど終わった頃。背景の木や花びらの部分を彫り進める。草や木・花は細密なアウトラインが生きやすいので、エングレーヴィングの良さを生かしやすいと思います。
8 さらに彫り進めています。
9 エングレーヴィングは線と点でしか表現できませんが、線と点だけでどこまで表現できるかという点でおもしろさがあります。例えば一本の線でも、太さや細さで印象ががらっと変わります。線と線の間隔や交錯線、点描の強さ、線の溝の深さでも表現に変化があります。
10 背景は白(何も彫っていない状態)はやめようということで、細い線を彫ります。太い線より細く浅い線のほうが神経を使うので疲れます。
11 画面で一番の白は髪の右側です。何しろエングレーヴィングは表現の幅が狭く、かつ融通が利かないです。白 グレー 黒の三色を駆使して画面を構成します。この段階で彫りは終了。
12 このままでは刷れないので、版を磨きます。研磨剤の荒いものから順に磨いていきます。
13 さらに細かい粒子の研磨剤で磨きます。銅版画はちょっとした傷程度でもしっかりと画面に出てきてしまうので、完全な平坦になるまで磨きます。銅板は極めて細密な表現が可能ですが、その分デリケートなのでかなり慎重に扱う必要があります。
14 磨き終え、製版を終了。刷れる状態です。さらに磨きをかければもっと鋭い鏡面になるのですが、そこまでする元気はありません。そこはそこで職人の領域です。
15 エングレーヴィングはなんといっても切手や紙幣の表現です。同じ要領で作っているので、表現で類似する部分が発見できると思います。
16 刷り インクを線の溝に詰めていきます。
17 エングレーヴィングの良さは線ですので、彫られた無数の線の溝にしっかりとインクを詰め込みます。刷られた時に線が途切れていては興ざめでしょう。
18 表面のインクをふき取り、プレートマークをきれいにして、プレス機に置きます。
19 紙を上にのせます。
19 プレス機に通します。圧がかかるので、紙に四角い凹凸ができます。
20 めくる。圧がかかっているので、紙をめくる時版と紙が密着してねっとりとした感じがあります。
21 ある程度慣れているのでしっかりと刷れていますが、インクの質やプレス機の圧力、紙の種類、湿し具合などの違いで、出てくる線の調子が結構変わります。エングレーヴィングはエッチングやその他技法と比べて、刷りの段階であれこれてこずることは少ないです。一つ一つしっかりと段階を踏めばちゃんと刷ることができます。その点で楽です。
22 7時間程度刷ります。100枚です。
23 細い線ほど線が詰まりにくかったりして、途切れたりするんですが、しっかりと彫れてさえいればカッチリとした線が刷れます。
24 刷り 終了。銅版画はデジタル印刷と比べて、一本の線や面に対してのインク量が圧倒的に多いです。デジタル印刷された紙を横から見ても平坦です。しかし銅版画はもっこりとインクが盛り上がっています。表面を触ってみればわかりやすいです。インクが塗られている、というよりインクがのっかっているイメージです。紙幣の表面がざらざらとしているのは、インクが盛り上がって凹凸ができているからです。これもまた銅版画の、エングレーヴィングの他にない特徴の一つです。